ふと目に入った、夫のスマートフォンの通知。
そこに浮かぶ、知らない女性の名前と親密なメッセージ。
血の気が引くような感覚と、心臓を鷲掴みにされるような衝撃。
「まさか」「考えすぎだ」と自分に言い聞かせる一方で、一度芽生えた疑惑は、夜通しあなたの心を蝕んでいきます。
体の関係を匂わせる決定的な証拠はない。
でも、明らかに普通の友人ではない親密なやりとり。
これは「黒」なのか、それとも「グレー」なのか。
- 私の考えすぎかな
- こんなことで疑うなんて、私が悪いのかな


そうやって自分を納得させようとしても、一度生まれたもやもやは、なかなか消えてはくれませんよね。
夜、隣で眠る夫の寝息を聞きながら、孤独感に胸が締め付けられることもあるかもしれません。
私はこれまで、法律という物差しだけでは測れない、数々の「目に見えない心の痛み」に触れてきました。
特に、今回のような白黒つけられないグレーな問題が、いかに人の心を静かに、しかし確実に破壊していくかを目の当たりにしてきました。
この記事では、「不倫かどうか分からない」という、最も心がかき乱される状況にどう向き合えばいいのかを、具体的なケースを交えながらお話ししていきます。
「不倫」や「不貞行為」と聞くと、多くの方が「配偶者以外の人と肉体関係を持つこと」をイメージすると思います。
確かに、法律の世界で「不貞行為」が問題になる場合、その中心にあるのは「肉体関係の有無」です。
ですが、あなたが今感じている苦しみは、本当に「肉体関係があるかどうか」だけで決まるものでしょうか。
・自分以外の誰かと、毎日楽しそうにメッセージを送り合っている
・自分には見せないような笑顔を、他の誰かに向けている
・二人きりで食事に行ったり、相談に乗ったりしている
たとえそこに肉体関係がなかったとしても、こうした行為は、まるで刃物で心をじわじわ傷つけられるような、深い苦痛を伴います。
法律の世界にも、「婚姻を継続し難い重大な事由」という考え方があります。
これは、肉体関係の有無だけにとらわれず、「夫婦としての信頼関係を根底から壊してしまうような、深刻な出来事」があれば、離婚の理由として認められることがある、という考え方です。

つまり、「体の関係がないから大丈夫」ということには、決してならないのです。
2 こんな「グレーな関係」、どう考えればいいの?
では、あなたが今悩んでいるような「白黒つけられないグレーな関係」について、法律の世界ではどのように考えられているのでしょうか。
いくつかのケースを見ていきましょう。
2-1 夫がお店(風俗)を使っていたら

お金を払った関係だから、恋愛じゃない。不倫じゃない。
そんな風に言われることがあるかもしれません。
確かに、過去の裁判例の中には、デリバリーヘルスを一度だけ利用したケースで、「これだけですぐに不貞行為とは言えない」と判断されたものがあります(横浜家裁平成31年3月27日)。
このケースでは、ご主人がすぐに謝罪し、二度と利用しないと約束した、という背景がありました。
しかし、これも「一度きり」だからこその判断です。
もし、何度も繰り返し利用していたり、お店の従業員と個人的に連絡を取り、好意を持っているような素振りを見せていたりすれば、話は全く変わってきます。
それはもはや単なる「お店の利用」ではなく、夫婦の信頼関係を踏みにじる裏切り行為と判断される可能性が高くなります。
また、妻が内緒でが風俗店で働いていた、という逆のケースでは、「不貞行為にあたるかどうか以前に、夫婦の信頼関係を著しく害する行為だ」として、慰謝料が認められた例もあります(東京地裁判決平成28年3月28日)。
大切なのは、「お金を払っているかどうか」ではなく、「その行為が、夫婦の信頼関係を壊すものかどうか」という視点なのです。
2-2 「体の関係はない」と言い張られたら

ただの友達だよ。相談に乗っていただけ。
そう言われても、あなたの心のモヤモヤは晴れないでしょう。
例えば、元妻との間にいる子どもに会うため、という理由で、現在の奥さんの気持ちを無視して何度も元妻の家に泊まりがけで訪問していた、というケースがあります。
このケースでは、肉体関係があったという決定的な証拠はありませんでした。
しかし、裁判所は「現在の妻の気持ちを顧みない、配慮に欠けた行動であり、夫婦の信頼関係を壊すものだ」として、不倫に当たると判断し、慰料を認めました。
つまり、たとえ肉体関係の証拠がなくても、あまりに頻繁に二人きりで会ったり、旅行に行ったりするような、「普通の友人関係」を逸脱した行動は、夫婦関係を破綻させる原因として十分に認められうるのです。
2-3 親密な相手が「同性」だったら
同性愛であれば、夫婦関係を悪くすることは無いとする考えもあるかもしれません。
しかし、ずっと昔の裁判例(名古屋地裁昭和47年2月29日)ですが、夫が同性と性的関係を持ち、その結果、妻との性交渉が何年もなくなってしまったというケースで、離婚が認められたことがあります。
裁判所が見ているのは、そのお相手が異性か同性か、ということ以上に、「その関係が原因で、夫婦の信頼関係や愛情が失われてしまったかどうか」という点です。
LGBTQなど、多様な性のあり方が認識されている現代では、この傾向はより強まるでしょう。
あなたの心を深く傷つけ、夫婦としての平穏を奪うような親密な関係は、相手の性別に関わらず、問題になりうるのです。
3 証拠を集めるなら
ここまで、肉体関係などの決定的な証貨がなくても、離婚が認められる可能性についてお話ししてきました。
それは、あなたの心が深く傷つけられたという事実が、何よりも重要だからです。

とはいえ、やはり証拠があった方が有利になることは否めません。
もし可能なら以下のような証拠を集められたらいいと思います。
証拠になり得るもの | 概要 |
---|---|
二人の特別な関係を示すやりとり | LINEやメール等で、愛情表現を交わしていたり、二人きりで会う約束をしていたりする会話。 |
客観的な行動記録 | 二人で旅行に行っている写真や、ラブホテルに出入りする場面など、友人関係とは考えにくい状況が分かるもの。 |
支払いを示す資料 | 二人で利用したホテルや飲食店の領収書、プレゼントを買った際のクレジットカードの明細など。 |
あなた自身の心の記録 | いつ、何があって、あなたがどう感じたかを書き留めた日記やメモ。 あなたの苦しみの軌跡は、それ自体が重要な意味を持ちます。 |
専門家による調査報告書 | 探偵(興信所)など、専門家が客観的な事実をまとめたもの。 |
しかし、何よりも大切なのは、あなたが心をすり減らさないことです。
これらのリストを見て、「集めなきゃ」とご自身を追い詰める必要は全くありません。
証拠集めが、あなたを苦しめることになっては本末転倒です。
どういうものが有効な証拠になるのか、どうやって安全に進めるのが良いのか。
もし少しでも悩んだら、ご自身で行動を起こしてしまう前に、まずは専門家にご相談ください。
それが、あなたの心を守るための一番確実な方法です。
4 さいごに
ここまで見てきたように、法的に「不倫」と断定できないようなグレーなケースでも、あなたの心が深く傷つけられ、夫婦の信頼関係が壊れてしまったのであれば、離婚という道を選ぶことは決して不可能ではありません。
法律は、あなたの心の痛みに、きちんと向き合ってくれます。
しかし、法律上「離婚できるか」ということと、「あなたが本当にどうしたいか」は、また別の話です。
私が何よりも願うのは、「あなたが、これ以上自分を責めずに、自分の人生を大切にしてほしい」ということです。
その一歩に、弁護士として、一人の人間として、そっと寄り添えたら、これ以上の喜びはありません。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。