子どもが巣立ったあとに訪れる夫婦二人の“無音地獄”――その裏に潜む正体不明の感情を暴き出す

こんにちは。

弁護士の石井です。

離婚や夫婦の問題について、法律的な解決だけでなく、心のケアを大切にしたいという想いから、このブログ「ココステップ」を運営しています。

今回は、子供が巣立ったあとの夫婦問題について取り上げていきます。

相談者様
相談者様

上の子が就職で家を出て、下の子も大学進学で一人暮らしを始めて。

やっと、子育てが終わったんだなあって、肩の荷が下りたような、寂しいような、不思議な気持ちだったんです。

先日ご相談にいらした40代後半の女性は、こう話してくれました。

その表情には、お子さんを立派に育て上げた達成感と、ぽっかりと空いた心の穴、その両方が滲んでいるように見えました。

冷蔵庫を開けても、あっという間になくなっていた牛乳やジュースが、ずっとそこに在り続ける。

食卓に並ぶお皿の数も、二人分。

そんな日常の些細な変化の一つひとつが、「子育て」という長い長いプロジェクトの終わりを告げている。

長年、夫婦の中心にあった「子ども」という存在。

子どもの成長を喜び、進路に悩み、ときには反抗期に頭を抱えながらも、夫婦は「親」という共通の役割を担い、手を取り合ってきました。

会話の内容は、自然と子どものことが中心になります。

「今日の夕飯、何にする?」という問いの先には、子どもの好きなメニューが思い浮かんでいたはずです。

休日の計画も、子どもの部活の予定や、家族で楽しめる場所が基準でした。

それが、ある日突然、なくなるのです。

夫婦二人きりの生活。

それは、結婚当初に夢見ていた、穏やかで自由な時間のはずでした。

しかし、実際に訪れたのは、想像とは少し違う、どこか居心地の悪い「静けさ」だった。

朝、けたたましく鳴っていた目覚まし時計の音が一つ減り、洗濯機の回る回数もぐっと少なくなった。

この現象は、一般的に「空の巣症候群(からのすしょうこうぐん)」と呼ばれ、子どもが独立した後の親が経験する、抑うつ感や虚無感を指す言葉として知られています。

特に、子育てを自己実現の主な手段としてきた女性に多いとされてきました。

しかし、私が日々お話を伺う中で感じるのは、この問題が単なる「母親の寂しさ」だけでは片付けられない、もっと深く、複雑な夫婦関係の問題を浮き彫りにしているということです。

子どもという共通の話題、共通の目的を失ったとき、ふと隣にいる夫の存在が、これまでとは全く違う質感をもって迫ってくる。

これまで気にならなかった、あるいは気づかないふりをしていた小さな違和感が、静寂の中で大きく響き始める。

弁護士 石井
弁護士 石井

この記事では、そんな「子どもが巣立った後」に多くの女性が直面する心の揺らぎについて、深く掘り下げていきたいと思います。

もしあなたが今、「何かがおかしい」と感じながらも、その正体が分からずに一人で胸を痛めているのなら、少しだけお付き合いください。

あなたが今感じている苦しみが「当たり前の感情」であると理解でき、自分を責める必要がないと安心できるはずです。

そして、これからの人生を前向きに考えるための、最初の一歩を踏み出すきっかけとなれば幸いです。

相談者様
相談者様

夫が定年退職して、一日中家にいるようになってから、息が詰まりそうで、、、

相談者様
相談者様

子どもがいた頃は、まだ学校での出来事とか、友達の話とかで間が持っていたんですけどね。

今はもう、天気の話くらいしか、、、

ご相談者の方々から、このような言葉を本当によくお聞きします。

子どもが巣立った後の夫婦関係で、最も顕著に現れる変化。

それは「会話の消滅」です。

もちろん、長年連れ添った夫婦ですから、若いカップルのように四六時中話しているわけではないかもしれません。

それでも、子どもがいた頃は、意識せずとも会話の潤滑油が存在していました。

子どもの笑い声、学校からの手紙、部活の試合結果、友達とのトラブル。

良くも悪くも、家庭には常に「話題」が溢れていたのです。

しかし、その潤滑油がなくなった途端、夫婦の関係は軋轢を生み始めます。

「今日の出来事」を話せない二人

あなたは今日、どんな一日を過ごしましたか?

・パート先で新しい仕事を任されたこと。

・友人とランチに出かけて、美味しいパスタを食べたこと。

・帰り道で見かけた紫陽花が、とても綺麗だったこと。

そんな、誰かに話したい、共有したい、ささやかな出来事。

それを、一番身近なはずのパートナーに話すことを、いつの間にか諦めてしまっていませんか?

・話したところで、どうせ『ふーん』で終わるから

・夫は自分の仕事の話ばかり。私の話には興味がないみたい

・そもそも、何から話していいのか分からない

かつては、何でも話せたはずなのに。

いつから、こんなにも距離ができてしまったのだろう。

そんな風に感じながら、言葉を飲み込んでしまう。

その小さな積み重ねが、夫婦の間に見えない壁を作っていきます。

実際に、内閣府が実施した調査でも、夫婦間のコミュニケーションに対する満足度は、年代が上がるにつれて、特に妻側で低下する傾向が見られます。

例えば、令和6年版男女共同参画白書では、生活時間の使い方や家事の分担など、夫婦間の対話の重要性が指摘されていますが、現実には多くの家庭でその対話が不足している状況がうかがえます。

会話がない、ということは、お互いへの関心の喪失であり、感情的な繋がりの希薄化を意味します。

同じ空間にいるのに、心はまるで別の場所にいる。

テレビの音だけが響くリビングで、それぞれがスマートフォンに目を落とす。

そんな時間が続くと、人は「誰かと一緒にいる孤独」という、最も辛い孤独を感じてしまうのです。

相談者様
相談者様

夕食の時間がいちばん苦痛です。

向かい合って座っているのに、お互いに一言も話さない。

カチャカチャという食器の音だけが響いて。

夫はテレビに夢中で、私はただ、早くこの時間が終わらないかなって、そればかり考えています。

昔は、子どもの話で笑い合っていたのに。その頃の食卓が、夢だったみたいに感じます

これは、ある50代の女性が涙ながらに語ってくださった言葉です。

彼女は、夫に何か決定的な非があるわけではない、と言います。

真面目に働き、暴力を振るうわけでも、借金があるわけでもない。

ただ、そこには「心の交流」が全く存在しない。

その事実が、彼女の心を少しずつ蝕んでいました。

「性格の不一致」という言葉は、離婚理由として最も多く挙げられます。

司法統計年報によると、離婚調停の申立て動機として、男女ともに「性格が合わない」が常にトップです。

弁護士 石井
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この言葉の裏には、こうした日々の「会話のない生活」への絶望が隠されているケースが非常に多いのです。

あなたが感じているその息苦しさは、些細なことではありません。

人と人との関係性において、コミュニケーションは呼吸をするための空気と同じくらい不可欠なものなのですから。

2 趣味、生活リズム、価値観…浮き彫りになる「ズレ」

子どもという共通のプロジェクトが完了し、夫婦が「個」として向き合う時間が増えると、これまで見過ごされてきた、あるいは覆い隠されてきた様々な「ズレ」が、はっきりと姿を現し始めます。

子どもがいた頃は、家族という大きな流れの中で、個々の違いはさほど気にならなかったかもしれません。

しかし、二人きりになると、その一つひとつのズレが、無視できないほどの存在感を放ち始めます。

「一緒に楽しむ」ことが、もう何もない

夫は退職後、一日中テレビでゴルフか野球観戦。

 

私は友人と美術館に行ったり、新しく始めたヨガ教室に通ったりするのが楽しみなのに、夫は全く興味を示さないんです。

 

『一緒に行こうよ』と誘っても、『俺はいいよ』の一言。

 

もう、何年も二人で出かけた記憶がありません

弁護士 石井
弁護士 石井

これは私の依頼者であった明美さん(50代)から、実際に伺ったお話です。

若い頃は、一緒に映画を観たり、旅行に行ったりしたこともあった。

でも、いつからか、そんな時間はなくなってしまったと。

子育て中は、子どもの行事が夫婦共通のイベントでした。

運動会、学芸会、家族旅行。目的がはっきりしていたから、趣味の違いは問題になりませんでした。

しかし、これからの長い人生、夫婦二人で過ごす時間を想像したとき、「一緒に楽しめるものが何もない」という事実は、重くのしかかります。

もちろん、夫婦だからといって、すべての趣味を共有する必要はありません。

それぞれが自分の世界を持っていることは、むしろ健全な関係の証とも言えます。

問題なのは、お互いの世界に対するリスペクトや関心まで失われてしまったときです。

相手が何に喜び、何に夢中になっているのか、全く知らない。

知ろうとも思わない。

そうなると、夫婦は「同じ家で暮らす他人」、つまり「同居人」と変わらなくなってしまいます。

3 朝型と夜型、活動的とインドア…すれ違う生活リズム

生活リズムのズレも、熟年期に顕在化しやすい問題です。

夫は早起きして散歩に出かけるのが日課。

妻は夜更かしして、録りためたドラマを観るのが至福の時。

現役時代は、お互いの出勤・帰宅時間がある程度決まっていたため、生活リズムの違いは大きな問題にはなりませんでした。

しかし、夫が定年退職したり、子育てから解放されて妻の自由な時間が増えたりすると、このズレがストレスの原因になることがあります。

夫は朝5時に起きて、ガタガタと物音を立てるので目が覚めてしまうんです。

 

私はもう少しゆっくり寝ていたいのに。

かと思えば、夜は9時には寝てしまう。

 

私が一番リラックスできる時間には、もう夫は隣でいびきをかいている。

 

生活時間が全く合わないから、まともに話す時間もありません。

まるで時差がある国の人と暮らしているみたいです

弁護士 石井
弁護士 石井

これは私の依頼者であった知恵さん(40代)から、実際に伺ったお話です。

このすれ違いは、単に生活時間だけの問題ではありません。

それは人生のエネルギーをどこに向けるか、という価値観のズレにも繋がっています。

一方は、まだまだアクティブに活動したい。新しいことを学び、新しい場所へ出かけたい。

もう一方は、これからは家でゆっくりと、穏やかに過ごしたい。

どちらが良い悪いという話ではありません。

しかし、その方向性があまりにも違うと、二人の間に深い溝が生まれてしまうのです。

4 お金の使い方、健康への意識…見過ごせない価値観の違い

そして、最も根深い問題が「価値観のズレ」です。

子育て中は、「子どものため」という大義名分のもと、節約にも励むことができました。

しかし、これからは自分たちのために、お金も時間も使えるようになります。

そのとき、お金に対する価値観の違いが、夫婦の対立を引き起こすことがあります。

私は、たまには美味しいものを食べに行ったり、少し贅沢な旅行をしたりして、人生を楽しみたい。

 

でも夫は、『老後のために貯金しないと』と、お金を使うことにすごく窮屈。

 

何をするにも『それはいくらかかるんだ?』と聞かれると、一気に気持ちが萎えてしまいます

弁護士 石井
弁護士 石井

これは私の依頼者であった文子さん(60代)から、実際に伺ったお話です。

健康に対する意識の違いも、深刻な問題になり得ます。

年齢を重ねれば、誰しも健康への不安は増していきます。

食事に気を遣い、適度な運動を心がけたい妻と、好きなものばかり食べて、全く体を動かそうとしない夫。

相手の不摂生が、自分の将来の介護負担に直結するのではないか、という不安が、相手への苛立ちに変わっていくのです。

これらの「ズレ」は、一つひとつは小さなことかもしれません。

しかし、毎日の生活の中で繰り返し突きつけられると、それは「この人とは、もう一緒に生きていけないのかもしれない」という、根源的な問いへと繋がっていきます。

子どもというクッションがなくなった今、あなたは、そのズレと真正面から向き合わざるを得なくなっているのです。

5 「これからの20年」を想像したときに押し寄せる不安

「人生100年時代」という言葉が、すっかり定着しました。

40代、50代は、もはや「老後」ではありません。

人生の折り返し地点、あるいは、セカンドライフのスタート地点です。

だからこそ、多くの女性がこう自問します。

相談者様
相談者様

このままで、あと20年、30年。

私は幸せなのだろうか?

子どもが巣立ち、夫婦二人きりになった静かな家で、ふと未来に目を向けたとき、そこに広がる光景に、言葉にできないほどの不安を感じてしまう。

それは、決してあなただけではありません。

“お世話”だけが残る関係への絶望

会話もなく、共に楽しむ趣味もなく、価値観もずれている。

そんなパートナーと、これから先の長い年月をどう過ごしていけばいいのか。

多くの女性が抱くのは「この関係の先に待っているのは、夫のお世話だけではないか」という絶望です。

今はまだ、お互いに元気だからいい。

しかし、これから歳を重ね、どちらかが病気になったり、介護が必要になったりしたとき、心の繋がりがない相手の面倒を、果たして見ることができるだろうか。

愛情も尊敬も感じられない相手のために、自分の時間や人生を捧げることができるだろうか。

夫は家事を一切手伝いません。

私が体調を崩して寝込んでいても、『飯はまだか』と言うような人です。

 

今でさえこうなのに、将来、夫が動けなくなったら、全部私がやるしかない。

そう考えただけで、目の前が真っ暗になるんです。

 

私の人生は、夫の介護をするためだけにあるんじゃない。

そう思ってしまいます

弁護士 石井
弁護士 石井

これは私の依頼者であった楓さん(40代)から、実際に伺ったお話です。

夫への不満は、長年の積み重ね。

特に、夫の定年退職を機に、その存在がストレスの原因となる「夫源病(ふげんびょう)」という言葉も生まれるほど、この問題は多くの家庭に潜んでいます。

「夫源病(ふげんびょう)」とは?

これは、読んで字のごとく、夫が原因(源)となって、心や体に不調があらわれる状態のことです。

医学的には正式な病名ではありませんが、近年、特に中高年の女性の間で注目されるようになった概念です。 

・夫の些細な言動に、イライラが止まらない

・一緒の空間にいるだけで、どっと疲れる

・夫が帰宅する音が聞こえると、動悸がしたり、憂うつになる

・体のだるさや頭痛、吐き気など、原因不明の体調不良が続く

こうした不調の根本には、「夫との関係性によるストレス」が隠れていることがあるのです。

実際に、熟年離婚の原因として「配偶者の親の介護」や「自身の健康問題」を挙げるケースは少なくありません。

愛情に基づかない「義務」としての介護は、想像を絶するほどの精神的負担を強いることになります。

その未来が見えてしまったとき、「逃げ出したい」と感じるのは、人間として当然の感情です。

それは、決して冷たいことでも、薄情なことでもありません。

6 増加する熟年離婚――「自分らしい人生」を求める人々

こうした不安を背景に、長年連れ添った夫婦が離婚を選択する「熟年離婚」は、社会的な現象として定着しています。

厚生労働省の人口動態統計を見ると、同居期間が20年以上の夫婦の離婚件数は、増加傾向にあります。

これは、多くの人々が「我慢して添い遂げる」という価値観から、「残りの人生を自分らしく生きたい」という価値観へと少しずつ変わってきていることの表れと言えるでしょう。

「子どもが巣立つまでは」と、自分の気持ちに蓋をしてきた女性たちが、その役割を終えたとき、初めて「一人の人間」としての自分の人生に目を向ける。

そして、「このままではいけない」と、勇気ある一歩を踏み出す。

それは、決して珍しいことではないのです。

あなたが今感じているこれからへの不安は、あなただけのものではありません。

それは、多くの同世代の女性たちが共有する、切実な問いかけです。

その不安から目を背けず、自分の心の声として受け止めること。

それが、未来を変えるための、最初の、そして最も重要なステップとなります。

7 さいごに

ここまで、子どもが巣立った後に訪れる夫婦の「沈黙」や「ズレ」、そして未来への「不安」について、お話ししてきました。

もし、あなたがこの記事を読みながら、何度も頷いたり、胸が締め付けられるような思いをしたりしたのであれば、それはあなたの心が、あなた自身に何かを伝えようとしている証拠です。

・夫に決定的な非はない。それなのに、こんな風に感じる私はおかしいんじゃないか

・長年連れ添ってきたのに、今さら関係を変えるなんて無理だ

そうやって、自分の気持ちを押し殺す必要はありません。

あなたが感じている寂しさ、虚しさ、息苦しさ、そして不安。

それらはすべて、あなたが生きてきた証であり、これからの人生をより良く生きたいと願うメッセージです。

子どもがいた頃は、家族というチームの「母親」という役割を、懸命に果たしてきました。

それは、とても尊く、素晴らしいことです。

しかし、その役割が一段落した今、あなたは「母親」である前に、「一人の人間」としての自分に立ち返る時期を迎えています。

これからどうするのか。

その答えを、今すぐ出す必要はありません。

焦る必要もありません。

もしかしたら、もう一度パートナーと向き合い、お互いの気持ちを正直に話し合うことで、新しい関係性を築けるかもしれません。

これまでとは違う、「夫婦」というよりも「人生のパートナー」として、互いを尊重し合える関係です。

そのためには、まずあなたが自分の気持ちを言葉にして、相手に伝える勇気が必要になるでしょう。

あるいは、それぞれの道を歩む、という選択肢もあるかもしれません。

それは「失敗」や「終わり」ではなく、新しい人生への「再出発」です。

我慢の毎日から解放され、自分らしい笑顔を取り戻すための、前向きな決断です。

大切なのは、あなたが、あなた自身の気持ちと正直に向き合い、自分の手で未来を選択する、ということです。

その第一歩は、今あなたが感じているモヤモヤとした感情を、一つひとつ丁寧に言葉にして、整理していくことです。

「なぜ、私は辛いんだろう?」「何が、私をこんなに不安にさせるんだろう?」と、自分自身に問いかけてみてください。

その作業は、一人では難しいかもしれません。

そんなときは、誰かに話を聞いてもらうことも、とても有効な手段です。

信頼できるご友人やご家族、あるいは、私たちのような専門家でも構いません。

このブログ「ココステップ」では、まさにあなたのような、「決定的な問題はないけれど、心が限界かもしれない」と感じている方々のために、さらに深く、気持ちの整理をお手伝いする記事をご用意しています。

もしよろしければ、次の一歩として、他の記事も読んでみてください。

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